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紀伊半島の旅 vol.1 〜新緑の登り坂〜【アンバサダー ロウ 麻友&エリオット】

これまで国内外問わず、様々な山を自転車で旅してきましたが、自分が生まれ育った地域周辺の山を、時間をかけてじっくり探索したことは意外にもありませんでした。近くにあるといつでも行けると思ってしまい、逆になかなか足を運ぶ機会が訪れないということはよくあることです。今回は、自宅からたった60kmの距離にある名所、高野山と、奥深い紀伊山地へ自転車で出掛けました。

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ロウ 麻友 & エリオット (ろう・まゆ & えりおっと)
自転車旅人 + デザイナー。2009年ロンドンで出会い、結婚後は南アフリカ共和国へ移住。2015年より3年間、南アフリカ〜イギリス〜日本への道のりを自転車でミニマルに旅する。現在は国内外の未開地を探求しながら、サスティナブルな生き方を実践中。
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紀伊半島の旅 vol.1 〜新緑の登り坂〜【アンバサダー ロウ 麻友&エリオット】

これまで国内外問わず、様々な山を自転車で旅してきましたが、自分が生まれ育った地域周辺の山を、時間をかけてじっくり探索したことは意外にもありませんでした。近くにあるといつでも行けると思ってしまい、逆になかなか足を運ぶ機会が訪れないということはよくあることです。今回は、自宅からたった60kmの距離にある名所、高野山と、奥深い紀伊山地へ自転車で出掛けました。


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高野山までの最後の市街地である和歌山県橋下市から、標高約800mの高野山へ向かって本格的な山道が始まります。人気の高い高野山だから、山道への曲がり角には標識があるだろうと予測して地図を気にせず自転車を漕いでいると、その曲がり角をすっかり見過ごしていることに気が付きました。その後すぐに来た道をUターンし、進むべき山道を発見。そこには標識など何もなく、予想外にも多くの観光客が利用するとは思えない、車一台通れるほどの狭い道だったのです。


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正しい曲がり角を曲がって早速、驚くほど急勾配の坂道が私たちの前に現れました。そこでやっと「高野山への道は険しいよ!」と忠告していた母の言葉が蘇ってきました。高野山への最短距離だと思って私たちが選んだ国道371号線は高野山への主要道路ではなく、主に地元の人が利用する代替ルートだったようです。


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道幅が狭く傾斜がきついおかげで交通量はほとんどなく、30℃を超える気温でも木の影で包まれた道はさほど暑さを感じさせません。車の音が聞こえない静かな森の中では、あらゆる鳥の声と風の音だけが聞こえてきます。変速ギアを一番軽くし、時速5kmほどの非常にゆっくりとしたペースで1時間漕ぎ続けると、突然景観が開けて鮮やかな新緑の山が現れました。


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ここからは透き通った丹生川に平行して走行していきます。透明な川を眺めながら自転車を漕いでしばらくすると、エリオットは我慢できなくなって川まで降りていき、冷たい水の中へダイブするのが毎度お馴染みのパターンとなっています。この日もすかさず川へ飛び込んでいましたが、川の水はあまり冷たくなかったようです。私も着替えなど気にせず一緒に飛び込めたらなぁと思いながらも、まだ冷たい川の水に尻込みしてしまうのでした。


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車に乗っていて見える景色。自転車を漕いでいて見える景色。歩いていて見える景色。たとえ同じ道でも、手段によって見える景色は全然違うと日頃からよく感じます。この日はきょろきょろしながら自転車を漕いでいると、道脇に人が通れるだけの小さな脇道を見つけ、好奇心から辿ってみることにしました。


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すると古びた小さな橋がかかっており、その先には以前は段々畑だったであろう平坦な土地が広がっていました。平坦で、川が近くにあって、道路からは死角の場所。それは野宿をするのに最適な場所です。この先はさらに道が急勾配になり、平坦な場所が見つけにくいだろうと予想できたので、時刻はまだ午後2時だったにもかかわらず、この日はここで一晩を明かすことに決めました。


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テントを張り、汗で濡れた衣類をロープの洗濯干しに干すと、即席マイホームの完成です。そうすることで、これまでただの山林だった場所が、急に居心地のいい空間になるから不思議です。目的地があるようなないようなもの、気ままな自転車旅の良さだと思います。


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特に何もすることがないような山林のなかに、さらに奥へと続く小道をエリオットが見つけました。人が一人通れるだけの小道の先には、一軒の立派な日本建築の廃屋が佇んでいました。玄関のドアは開きっぱなしで、中は荒れ放題。しかし、家具や生活用品はそのままになっていて、暮らしていた人だけがすっぽり抜けてしまったような空虚感を感じました。


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日本の山奥や田舎を旅していると、本当にたくさんの廃墟や活気を失った村を度々見かけます。交通の便のいい場所に暮らすことが一般的となった今、徒歩でしか辿り着けない山奥での暮らしが、そう遠くはない昔に当たり前のように存在していたことを、こういった廃墟は現代の私たちに語りかけているようでした。