高所登山用に身体が仕上がった頃、ラマ教によるプジャ(安全祈願儀式)を行ないました。世界中から集まった遠征隊、プジャを行わない隊はありません。我々のBCにも立派な祭壇を作り、四方にタルチョ(五色旗)を張り巡らせます。
青・白・赤・緑・黄色の順番で、それぞれ「天・風・火・水・地」を表現しています。それぞれの旗には、細かい文字で経文が書かれており、風で旗がたなびくたびに読経したことになります。お酒や穀物、登攀道具を祭壇に供え、サマ村からBCにまで来ていただいたお坊さんによる祈りが1時間以上続けられます。
祈りの煙が風でマナスル峰に向かって吹き上がってゆく様子、何百枚ものタルチョが風でやさしい音を立てながらたなびいている様子を眺めます。体調崩すことなく順調に進んでいることへの感謝と、出国する前から慌ただしい毎日だったので、今日までのことをゆっくりと振り返る時間となりました。
夕食後は、毎晩ミーティングが行われます。解散は午後9時頃。とても疲れているため、シュラフに入るとすぐに眠くなってしまいます。しかし、夜空が気になって、テントから顔を出すと、満天の星。暖かいシュラフから抜け出し、冷たくなった三脚、ポジフィルムとデジタルの一眼レフカメラ2台をザックから取り出して、粛々と天体撮影の準備を始めます。
テントの内壁は、呼気による夜露が凍って真っ白です。狭いテント内で作業すると、霜が雪のように落ちるため、カメラレンズに降りかからないよう気をつけます。履くブーツも冷たくなっていますが、苦痛と感じるのはここまで。テントから外に出れば、光害の影響を全く受けない最高の夜空。標高を考えればヒマラヤは地球上で最も美しい星空が眺められる場所です。ヒマラヤを前景とした豪華なパノラマ風景に、普段見慣れた星座たちも、情緒的に輝いて見えます。
南空を眺めれば、マナスル氷河と銀河が稜線で交わり、ピナクル峰の鋭い頂を射手座が狙っています。振り返って北空を見上げると、北極星を中心に北天の星座たちがヒマラヤの峰々を縦走しているようです。苦労して運び上げた天体観測用の双眼鏡で、惑星、星雲、星団、銀河、変光星、二重星、人工衛星を観測します。C1での観測中、経路の長い流星が地平線近くを水平に流れました。ヒマラヤ峰々を、いくつも鋭く貫いてゆく流星に唖然とします。想像したこともない光景の驚きに、顎に力を入れていないと、口があんぐりと開いてしまいそうです。標高6,000mを超えた観測地で星空を毎晩見上げていると、限りなく透明で希薄な大気を通して、宇宙空間に直結している場所に、自分が立っていることに気がつかされます。
ヒマラヤ・世界第8位高峰マナスル峰(8,163m)遠征 vol.9 へ