クライマーの聖地ヨセミテ 〜ヨセミテの追憶とこれから〜【アンバサダー 稲田千秋】

ヨセミテ国立公園は、アメリカ・カリフォルニア州にある花崗岩の殿堂です。高さ900mの一枚岩である”El Capitan (エル キャピタン)”をはじめ、巨大な岩壁が無数にひしめき合う大渓谷で、クライマーの聖地とも呼ばれています。私は、2012年からプライベートで計4回訪れており、また2019年にはカリマー製品のフィールドテスト兼撮影で伺いました。

2012年の初遠征は、強烈な体験となって心に刻まれています。1ピッチが日本の倍以上の長さで、ランナウト (プロテクションの間隔が遠いこと) は必至、ピッチ数も多いので登攀にはスピードが求められます。何もかもが「足りていない」と感じ、悔しくて自然と涙が溢れました。この地で楽しく登れるようになるために「強くなりたい」と思ったものでした。

ヨセミテでの目標のひとつは、ビッグウォールクライミングでした。エル キャピタンのような非常に大きな壁を、荷上げなどのビッグウォールタクティクスをこなしながら、数日間かけて登り切るクライミングです。

ビッグウォールへの初挑戦は2013年。この壁の初登ルートである”The Nose (ザ・ノーズ)”というルートにトライしました。しかし、この年は結果的に敗退となりました。

実力が足りず、登攀スピードが遅かったこと、途中荷上げで失敗して水を8L失ったこと。そして決定的となったのは、2日目の14ピッチ目終了点のエル キャピタンタワーに着いたとき、凡ミスでロープを1本落としてしまったことでした。

パーティとしての確認不足だったとはいえ、実際にロープを落としてしまったのは私でした。当時は仕事の長期休みをとるのも難しく、日数も限られている中での挑戦でした。失敗から多くを学べたものの、やはり強い悔恨の念が残りました。

とにもかくにも実力が足りていないということで、日本でトレーニングを重ねました。そして、2016年に再びこの地を訪れました。目的はもちろん、ビッグウォールへの再挑戦です。

この年には、クラッククライミングの実力も上がっており、エイドクライミング (フリークライミングと違って、道具を使って登ること) や荷上げといったビッグウォールタクティクスも身に付いていました。おかげでかなり余裕を持って2泊3日で完登することができました。

ほぼ垂直に切れ落ちた900mの岩壁からの景色は絶景でした。岩棚で夜を迎えると、隣り (だけど遠く) のルートにもヘッドライトが見え、どこからともなくクライマーの陽気な歌声も聞こえてきました。毎日10ピッチ、約300mずつ、朝から晩までクライミングして頂上を目指す。ただただ夢のような時間でした。

残りの日程では、ショートルートのフリークライミングも満喫。これも大人気ルートのひとつ、”Separate Reality (セパレート リアリティ )”です。岩の天井にスパッと入った割れ目を登る、とても印象的なルートで前々から憧れていました。

2018年の遠征でもビッグウォールへの挑戦を考えていましたが、序盤に肋骨を折る怪我をしてしまい、残念ながら諦めることに。代わりに高グレードのフリークライミングやマルチピッチクライミングを楽しみました。

今後、ひとつの目標として「フリークライミングでエル キャピタンを登りたい」と考えています。これは、私の実力からするとややハードルが高いですが、やってやれないことはないと言えるくらいのレベル感です。

毎年ヨセミテに通って少しずつ実力を付け、目標である”Free Rider (フリーライダー)”というルートにも挑戦したいと思っていた矢先に、世界を新型コロナウイルスが震撼させました。次の挑戦がいつになるかは分かりませんが、その日を夢見て日々精進を続けたいと思います。

ヨセミテはそんな夢が詰まった思い入れの深い場所です。クライミング以外にも様々なアクティビティが楽しまれている観光地で、野生動物や絶景、楽しいキャンプ生活など、その魅力は語り尽くせません。みなさんも是非一度、訪れてみてください。

稲田 千秋

稲田 千秋(いなだ・ちあき)形成外科医、クライマー。学生時代から登山、クライミングに熱中し、季節やジャンルを問わず様々なスタイルでフィールドアクティビティに興じる。現在はフリーランスで世界中を旅しながらクライミングを楽しむ傍ら、国際認定山岳医として、日本の山岳医療発展のため活動する。2016年 Yosemite国立公園 El Capitan "The Nose"完登。2019年 ペルーアンデス Alpamayo "French Direct"登攀など。

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