アラスカでのクライミング【アンバサダー 稲田千秋】

フィールドに出かけて行って遊ばせてもらうたび、自然の偉大さと自分のちっぽけさを感じます。そのどちらも受け入れて、自分との戦いに打ち勝った瞬間、山の頂上に立っていられたなら、きっとクライマーにとってそれ以上の幸せはないでしょう。

昨年の5月は、巨大な壁を眺めながら、アラスカの氷河の上で丸1ヶ月間を過ごしていました。Mt.Hunterというかっこいい山の北壁を登ることを目標として、仲間と3人、氷河に降り立ち、チャンスをうかがっていました。

まず、アメリカの格安スーパーWalmartで1ヶ月分の日用品や食料を買い込みます。食料は保存のきくものが多めですが、大量の雪という天然の冷蔵庫があるので、肉やチーズなどの生鮮食品も買えます。

エアタクシーと呼ばれるセスナに乗ってフライト! 最寄りの街から氷河の世界へと降り立ちます。

カヒルトナ氷河のベースキャンプは、デナリ登山の玄関口となるため、登山者も多く訪れます。四方を白い山に囲まれた広大な空間で、これから1ヶ月間キャンプ生活をすると思うと、それだけでもうワクワクしてきます。

テントを建て、キッチンを掘り、生活の拠点を作ります。

嵐でなければ、炊事は外で。朝ごはんはトルティーヤやパンケーキといったアメリカンなメニューがメインです。スレッド(ソリ)がいいテーブルになります。

入山してすぐの2、3日は好天に恵まれたので、目標の壁を途中まで試登しました。

3泊分の装備と登攀用具の全てです。最低気温はマイナス20度以下にもなりうる環境ですが、難しいクライミングをこなす必要があるため、薄いシュラフを使うなどしてなるべく軽量化しています。

氷の発達はよくなかったものの、アタック出来るコンディションではありました。しかしこの後、数週間に渡る悪天周期に見舞われました。2度目のトライがなかなか出来ないまま時間だけがいたずらに過ぎていきました。

ストームで急激に積もった雪が安定し、雪崩の危険が少なくなるのを待ちつつ、その後の(あまり当たらない)天気予報も考え合わせてアタックの機会をうかがいます。難しい判断を迫られるなか、経験や実力不足を痛感しました。

結局、目標の壁を登ることは出来ませんでした。この結果も含めて、全てが「アルパインクライミング」なのかも知れません。

アラスカには、Mt.DenaliやこのMt.Hunterのほかにも、大きくて質の高い雪と氷の山がたくさんあります。そして登山者やクライマーだけでなく、スキーヤーも多く訪れるパウダースキー天国です。

また行きたくなる素敵な場所が世界にはたくさん。今年はどんな素晴らしい景色に出会えるでしょうか。

稲田 千秋

稲田 千秋(いなだ・ちあき)形成外科医、クライマー。学生時代から登山、クライミングに熱中し、季節やジャンルを問わず様々なスタイルでフィールドアクティビティに興じる。現在はフリーランスで世界中を旅しながらクライミングを楽しむ傍ら、国際認定山岳医として、日本の山岳医療発展のため活動する。2016年 Yosemite国立公園 El Capitan "The Nose"完登。2019年 ペルーアンデス Alpamayo "French Direct"登攀など。

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